2017年1月5日木曜日

自分が一番 【休むに似てる自己啓発】

哲学的なお題から話が始まります。

    「人間は自分が一番大切である。」

すべての人間に当てはまるとポク太郎は確信しております。

ボランティアや支援団体に所属してる方、被災者支援に御尽力されてる方々、どう思いますでしょうか?
「何を言ってるんだコイツは?」と思われた方、そういう話ではありません。



人間は、過去の自分を他人扱いして見てしまうということを言っております。

「子供の頃もっと勉強しておけば…」
「あの時もっとあの子に優しくしてあげてれば…」
「渋滞回避なんかせずに普通の道走ってれば…」
「よくクシャミするんだから目前にティッシュ準備しておけば…」

イパーイあります。


こうやっていつも後悔するんですが、これは過去の自分を他人扱いしているからだと思います。

ポク太郎がこのことの気付いたのは中学生の頃。
「勉強せぇ。」「イヤデス。
「将来後悔するぞ。」「イヤデス。
「ダメな大人になってしまうぞ。」「イヤデス。

この繰り返しで言い訳がましく気付きました。
「お前は現在の自分だけを“自分”として認識してんだろ。子供時代のお前も“自分”なんだぞ。」

おそらく大人の言い分としては「子供と大人両方を経験して判断したの。選ぶべきはこっちなのよ。」
中学生のポク太郎は言います。「お前、子供時代の記憶ねーじゃねーか。」


気の遠くなる年月を経て、さすがのポク太郎も完熟のオサーンになりました。

二十歳前のポク太郎です。

「暇で暇でしょうがない!」
「でも勉強なんかする気にならん!」
「ドラクエの竜王(ラスボス)を倒すとうれしい!」

三十歳前位です。
既にエンジニアとして世に製品を出すようになっていました。

「色んな便利ツール作りたいけど暇がない!」
「この機械どうやって動いてんだ?資料をよこせ!」
「なんでわざわざドラクエを立ち上げて仮想世界を救わなアカンのだ!スイッチ入れなきゃ竜王は何もできんワイ!」


人間の素性なんて変わるわけありません。でも感じ方は上のように変わります。
おそらく後者の状態になった大人が子供に「勉強せぇ。」と言うんだと思います。


結局、
   高価値のもの(製品レベル)のものは楽しい、うれしいを生み出す。
   それを作る、実現するには基礎→専門習得の長い道のりが必要。

当然子供は高価値のものを作ることはできません。
また、作れるようになるためには道のりが長すぎます。
でもその道が見え始める、作れる能力を習得すると夢中になります。


教育関係の方にすれば常識だと思いますが、
子供にはステップステップで何につながるの?という“結果”を見せてあげないといけません。
しかも製品レベルの高価値で。

非常に難しい話でございます。


何かいい例を…とこの記事を書き始めたのですが、長いので続きはまた今度。


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